『 パルムドールってすごいの?』
毎年フランスで開催されるカンヌ映画祭は、世界三大映画祭の一つとされる。是枝監督が受賞したのは、その映画祭の最高賞であるパルムドールなのだから、非常に栄誉あるものだといえよう。
ではカンヌ映画祭とは、そもそもどんな特徴があるものなのか?この機会に、改めてパルムドール受賞者を眺めてみると、なるほど魅力溢れる監督達がいるいる!そこで今回は、注目すべきカンヌ受賞監督達が撮ったお薦め作品について、熱く語ってみました。
最初にパルムドール受賞者を眺めて気づくのは、巨匠から個性派監督まで、そのレンジが幅広いこと。(もしかしたらそのレンジの広さが、カンヌが「有名でありながら、つかみどころのない映画祭」である原因かもしれない。)例えば、
1960年代 : フェリーニ、ビスコンテイ
1970年代 : スコセッシ、コッポラ
1980年代 : 黒澤明、ヴェンダース
などの巨匠がいるかと思えば、
1990年代 : デヴィッド・リンチ、タランティーノ
2000年代 : ガス・ヴァン・サント、モレッティ
などの個性派が目につき始める。(もちろん巨匠達も最初は新進気鋭の監督だったわけで、あくまで現在から見て、「巨匠」「個性派」という分類をしているにすぎないのだが…。)
今回は上に挙げた監督の中から〈巨匠〉に注目し、実際に自分が見た中からお薦めの作品を紹介したい。
〈巨匠編〉
①フェデリコ・フェリーニ (1960年「甘い生活」パルムドール受賞)
注目作品「8 1/2」(1963年)
自分が見ているのは夢か現実か?シンボリックな場面や劇中劇などがふんだんに導入され、見る者の意識は混沌としていく。そんなフェリーニの魔術が堪能できる映画。何しろフェリーニ自身が監督としての自分を描いているのだから。
甘美な夢と現実の間をさまよいつつ、有名なラストシーンではカタルシスも得られる。だがその「高揚感」も、「祭りの後の虚しさ」と同居しているのがフェリーニらしいところだ。
この作品に限らず、フェリーニの映画を観終わった後は、「ほっこり感」と「寂しさ」の同居したような不思議な感覚に陥る。つまり、自分自身がフェリーニワールドの中に実際いたような「ほっこり感」と、そしてそれがもう終わってしまった後の「寂しさ」だ。
また、そのフェリーニワールドは、「心地良さ」と「背徳感」がないまぜになった不思議な世界。いつの間にかその感覚を求めて、別のフェリーニ作品を探してしまったら、もうすでに禁断の世界に足を踏み入れてしまった証拠といえよう。
(ネタバレにならない様に書くと、どうしても抽象的になってしまうのが残念…伝わっていればいいのですが…)
②ルキノ・ヴィスコンティ(1963年「山猫」パルムドール受賞」
注目作品「地獄に落ちた勇者ども」(1969年)
今回は是非この作品を推してみたい。なぜなら、この作品の原作は「マクベス」。つまり、この前紹介した、黒澤明の「蜘蛛の巣城」と同じ原作である。破滅に向かう人間を両者異なる手法で描いているのが面白い。
黒澤は「能」をベースとした「シンプルかつ静寂」を伴う描き方。一方、ヴィスコンティは「重厚な色彩」によって「退廃的世界」を描き出す…狂気と美はまさに紙一重。映像的には全く異なる両者のアプローチを比較しながら見ると非常に興味深い。
また俳優の演技にも注目したい。黒澤の「蜘蛛巣城」では、三船をそそのかした末に狂気に至ることになる、山田五十鈴の鬼気迫る演技が印象的だった。一方本作では、退廃的な青年役がヘルムート・バーガーに当てられており、まさに適役。退廃美オーラが強烈に画面から溢れ出てくる。
奇しくも、黒澤明も1980年にパルムドールを受賞している(「影武者」)。カンヌと縁がある2人の監督の作品を、比べながら夜な夜な鑑賞するのも非常に贅沢な楽しみではないだろうか。
次回はパルムドール受賞監督の中から〈個性派〉に注目し、お薦め作品を紹介します!
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