80年代ソングとシティポップのルーツとは?②

『モータウン、甘く危険なメジャーナインスコード』

今回はまず、80年代前半にイギリスで流行ったニューロマンティクスのアーチストに注目する。前回取り上げたカルチャークラブも含め、ビジュアル面で注目されがちだが、そのルーツを探ると、モータウンなどR&Bの影響が色濃いことがわかる。

そして後半は、ニューロマのアーティストでもあるスパンダーバレエの名曲「トゥルー」を取り上げる。あの印象的なイントロのギターフレーズも含め、この曲特有の魅力はどこから来るのか、山下達郎と比較しながら探っていきたい。

・ニューロマンティクス(80年代)とモータウン

まず最初にABCから。他のニューロマアーチスト同様にルックスも派手ではあったが、音楽的なルーツを辿るとR&Bやソウルが見え隠れする。「The look of love」など多くのヒット曲を出したが、ここでは「When smoky sings」を取り上げる。SmokyとはSmoky Robinsonのこと。つまりタイトルから、彼らのルーツの一つがモータウンにあることが分かる曲だ。

When Smokey Sings
ABC
1987

ニューロマ全盛期〜後期に登場し、アメリカでも大成功を収めたWham。ルックスとキャッチーな楽曲からアイドル扱いされていた彼らだが、音楽性は骨太だ。ここでは、モータウンの影響が色濃い「I’m your man」を取り上げる。

I’m Your Man
ワム!
1985

Whamがデビューした頃、インタビューでMiraclesの「Love machine」が好きだと語っていた(実際カバーもしている)。実はモータウン契約第1号としてMiraclesで歌っていたのが、スモーキー・ロビンソン。つまり、ABC・Whamに共通するルーツがスモーキーでありMiraclesなのだ。ここではその「Love machine」を。

Love Machine
ザ・ミラクルズ
1975

・「甘く危険な」メジャーナインス – スパンダーバレエ「True」のコード進行

ニューロマ全盛期のもので、今でも記憶に残るようなヒット曲と言えば、スパンダーバレエの「True」(1983年)ではないだろうか。イントロのギターも印象的で、やはり後にサンプリングネタとして使用されているのも納得だ。

かつてから気になっていたのは、何でこのシンプルなギターフレーズが、ここまで印象的なのかということだ。今回はその秘密を解き明かしたい。

その理由に挙げられるのは、「甘く危険な香りを放つ」メジャーナインスコードだ。このコードが独特な響きを持つのには理由がある。構成音を分解してみると、このコードは「メジャーセブンス」と「マイナーセブンス」の2つを同時に鳴らした響きなのだ。

「メジャーセブンス」はクールな響き「マイナーセブンス」はメランコリックな響きを持つことを考えると、その2つを鳴らすことで、なんとも言えない「甘く危険な」響きがすることに納得がいく。

イントロの進行は、G→Em9→CM9→Bm7 で、テンションを除いたコード進行自体はオーソドックスなものだ。

この内、
ギターが担う部分の進行は、G→Em7→CM9→Bm7 となり、この3番目のCメジャーナインスコードの「甘く危険な」響きがポイントとなる。ギターの進行のニュアンスは、

「安定」→「メランコリー」→「甘く危険」→「メランコリー」

の流れとなり、3番目の「甘く危険な」コードが一つのクライマックスとして、得も言われぬ響きを醸し出しているのだ。これが、ギターの弦2本のシンプルな響きで生まれているのも注目に値する。

さらにイントロ終わりの歌の始まる前は、脱力感や浮遊感を感じさせる独特の響き。ここだけ一瞬マイナーキーに転調することによる効果だ。このコードは、ビートルズでもよく使われるもので、彼らは経過音的にロックっぽい響きを出す形で使っているのだが、スパンダーバレエの様にロングトーンで脱力感を出す形もまた面白いのではなかろうか。

「甘く危険な」メジャーナインスコードの例に戻ろう。ここでは Rupert Holmes の「Him 」(1980年)を取り上げたい。サビの2フレーズ目の(She’s gonna have to do without him〜)に注目して欲しい。1フレーズ目とは異なる「甘く危険な」響きが聴こえてくるはずだ。

ヒム
ルパート・ホルムズ
1980

・甘く危険なメジャーナインス – 山下達郎「あまく危険な香り」のコード進行

さて、最後に取り上げるのは山下達郎。その曲名は、「あまく危険な香り」(1982年)。そう、正にタイトル通り、メジャーナインスコードをふんだんに使った曲だ。

以前の記事では、シティポップの浸透例としてこの曲の外国人によるカバーを紹介しました。)

まずイントロですぐに、メジャーナインスコードが反復され、サビの前に再登場する。そして、サビではマイナーセブンスのメランコリックな響きへと移行する。ニュアンスの進行は、

「甘く危険」→「クール」→「甘く危険」→(サビ)「メランコリー」

となる。特にサビ前のメジャーナインスが出色で、なんとも言えないフワッとした浮遊感に満ちており、サビへの進行がより印象的になっているのではなかろうか。

実は、この曲とRupert Holmesの「Him」には他にも共通点がある。例えば、7sus4→7→m7 という印象的なクリシェ(半音進行)や、四度/五度の分数コードが効果的に使われている点などだ。勿論、スパンダーバレエの「True」も含めた3曲には、メジャーナインスコードという共通点がある。

だが、この3曲は似ているどころか、それぞれ三者三様の魅力を放っていることに注目したい。前記事で取り上げたモータウンのベースフレーズの例が、「共有財産の直接的な継承」であるとすれば、この3曲は、正に音楽的アイディアの「換骨奪胎」である。

現代は音楽のサンプリングが気軽に出来てしまう時代だ。だが上記の様なアイディア継承の例を見ていると、これからもR&Bは様々な形で引き継がれていく、そんなパワフルさを持っているのではないか、という期待感を抱かずにはいられない。

 

お気軽にコメントを↓

“80年代ソングとシティポップのルーツとは?②” への2件の返信

  1. R&Bの名曲、やはりコード進行に、その理由がありましたか。スモーキー・ロビンソンについては、山下がラジオ番組でよく言及していました。山下の曲作りに、やはり影響を与えていたのですね。

    1. コメント有り難うございます。

      スモーキー在籍時のミラクルズはビートルズやストーンズにカバーされるなど、影響力の幅広さにも注目です。ただ上の「Love machine」はスモーキーが抜けた後の作品なんですよね。とはいえ、パクリやオマージュで片づけられないような音楽的継承がR&Bの特徴。その中にスモーキーは確実に息づいてると思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください